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小火騒ぎ

土曜日と日曜日はとても暖かくいいお天気だった京北。

土曜日はパパが仕事に車で3時ごろ出勤したので

私はワン達とボール遊びをしていたら山の向こう側ぐらいから

パトカーのサイレンがけたたましく聞こえてきた。

しばらくすると消防車の鐘の音も聞こえてきた。

“火事なんや”と思っていたらサイレンが止まったので

“近くなのかな~”なんて思っていたけど気にもとめず

ワン達と遊んでいたら2人の防火服を着た人が家の奥に

走っていったから“訓練でもしたはるんかなぁ~”と

のんきに思っているとパトカーが家の前に止まってビックリ。

警察官に“どうしたんですか?”と聞くと

奥で小火があったんです。って

煙も焼けた匂いもしていなかったからエ~って感じ。

すると消防車2台、救急車1台、パトカー2台が家の前に止まって

道はふさがってユーターンもできなくなったので

とりあえず家のガレージを使ってもらうことにした。

すると後から後から防火服を着た人が何人も走ってくる。

“もう消えてるんでしょ”って聞くと“大丈夫です。”と

でもわんさか人が来る。

聞くと消防団の人達らしく要請がきたからみんな集まってるらしく

地元もおじいちゃんも家にいっぱい止まってるから

“どうしたん、何があったの?”って

“うちじゃないです、奥の方らしいですよ”って言ってたら

消防団の人が“畑をするのに枯れ草が邪魔だったらしく焼こうと

思ったらしいけど、見る見るうちに火が広がってしまったらしいです。”

“ただ、消火用の水を用意してなったので燃え広がったみたいですよ”って。

馬鹿だよね、60歳過ぎたおばさんのする事じゃないよね。

京北の山は杉がほとんどだから燃え移ったら一気に山が燃えるから大変なのに。

なんて言ってたら、覆面パトカーもご登場。

エライ大事になったみたいです。

小火ですんだからよかったけど怖いよね火事は。

その後、そこの老夫婦は何のご挨拶もなく自宅へと帰っていきました。

非常識極まりない輩。馬鹿夫婦だぁ~。

もう来るなぁ~と思いました。

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久し振りの京北。

2月17日以来の京北。

まだまだ寒いです。今朝は-4度でした。

日中はずいぶん暖かくなってきています。

久し振りにきたのでどうなっているかと思ってましたが

変わりはありませんでした。

今日は4ワン達とボール遊びをしましたが

みんなあまり乗り気じゃなく、パパの方がいいみたいです。

今日、久し振りに首輪を作りました。

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頭の中が空っぽ。

大輝が逝って1週間が過ぎました。

私の時間も少しづつ元の生活に戻しつつ、ふと思うと大輝がいない。

去年に静喜で今年は大輝とお別れをして寂しくなりました。

いつもならここに大輝がいて、ここに静喜がいて・・・。

大輝が去ってから私の傍に空樹がいてくれます。

空樹も寂しいのか、それとも私に気を使っているのか

どうかわかりませんが少し気がまぎれます。

3月はほとんど京北に行くことができなかったから

麗季がちょっと太ってきてます。丸くなった身体。

今度の土曜、日曜日は一杯走らしてあげる予定です。

4ワン達も13歳、12歳、10歳、9歳とシニアオンパレード

今の時間を大切にしてあげたいですね。





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大輝へ

大輝へ

今までありがとう。本当にありがとう。

君はいつもどんな時も笑顔で私を見つめていてくれたよね。

君は我が家の太陽でした。

いつまでもその笑顔でみんなを見つめていて下さいね。

虹の橋に旅立った日の夕方、久し振りに4ワン達と

うたた寝をしたら夢の中に君が出てきたよ。

元気な姿で私の横に来てくれたから思わず

“なんや、大輝、元気やんか、死んでないんや”と。

そして目が覚めました。

きっと無事に着いて元気にしているよと伝えにきてくれたんじゃ

ないかと思っています。

だから安心しました。

いつまでも君は私の太陽です。







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ありがとう、大輝。


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3月6日午前7時20分 大輝は虹の橋へと旅立ちました。


5日(火)の夕方ぐらいから舌を動かす事が難しい状態が続き

呼吸がハアハアとした時にシリンジで砂糖水を口に入れてげると

時々、ゴクリと飲んでくれているのがわかりました。

体力的に限界が近づいているのがわかりましたが

私の気持ちは頑張れ、頑張れと言い続けていました。

後脚の腫れが少しましになってきていたので微かな期待を抱いていました。

1時間に一度の割合で口に砂糖水を入れると、飲める時と飲めない時が

ありましたが、それでも私の気持ちは頑張れ、頑張れと応援していました。

6日の午前4時ごろ、鼻がカピカピに乾いていたので少し拭いていると

鼻の中もカピカピで鼻の穴を塞いできているのに気付き

ピンセットでお掃除をすると呼吸も少し楽になったようでした。

その後、チッチをしたのでシートの交換と身体を拭いてあげて

リビングから寝る部屋に移動させました。

しばらくするとまたチッチが少し出ていたので

汚い状態は可哀想なのでシートを交換するのに身体を少し持ち上げると

大量にチッチが出ました。

私はふとこれが最後のチッチかも・・・と感じたので

仮眠をとる事をやめて大輝の様子を看ている事にしました。

すると全身を使って呼吸をしているようになり

“大輝、もう頑張らんでいいよ、一杯頑張ったからね

本当は頑張って欲しいけどこれ以上は言えない

何度も虹の橋まで行っては帰ってきたけど

今度はちゃん行きなさい

きっと、静喜が待っていてくれてるからね

静喜に会ったらこう言ったらいいよ

“ボクね、去勢をしたんだよ”って。

そう言ったら必ず道案内してくれるからね

頼んであるから、安心して行きなさい。大丈夫だからね。”

静喜は去勢をしていない大輝があまり好きではなかったから

この言葉を大輝に伝えた。

すると5分後、苦しむ事もなく、全身の力が抜けて

呼吸、心臓が同時に停止しました。

とても安らかな最後でした。

ありがとう、ありがとう、会えて良かったよ。

きっと苦しみから解放されて今は喜んでいる事だと思います。

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泣いたり笑ったり・・・。

3月2日 意識はハッキリとしている大輝。

痛みは消炎鎮痛剤(レペタン)が効いているせいなのか

あまり辛くないようでした。

食欲もあり、寝ながらのチッチにも慣れたようで

チッチが出ると“ウォン、ウォン”としらせていました。

癲癇の薬は絶対に飲んでもらわなければいけないので

食欲があるのは救いでした。

ただ、寝返りをさせてあげたくても後脚の腫れがひどいので

寝返る事は出来ません。

一度、自ら寝返ろうとしましたが

やはり痛かったのか元の体勢に戻りました。

3月3日午前5時ごろ前脚を擦っていると何か違和感がありました。

見てみると右前脚が腫れだしてきました。

私は愕然として涙がこぼれて来ました。

そこにパパが帰ってきてその事を話すと

朝一番で病院へ行こうと言ったので9時過ぎに病院へ行きました。

日曜日は担当医はお休みなので院長先生を指名して

診察をしてもらいました。

まず、去勢したところの状態を看てもらい幹部に直接注射器で

抗生物質の投与をしてもらい、圧迫止血をするため

包帯をグルグル巻きに。

次は、腫れている後脚を看てもらっていると

脚の裏や甲から出血してきました。

先生がおっしゃるのには、静脈で血液が送られてきて

戻るはずの血液が戻らず脚先に溜まってきて

皮膚がはち切れそうな状態になっているから

少しずつ皮膚が薄くなり剥がれだしているらしい。

その血液を調べてもらうと細菌などは見当たらなかった。

これを注射器などで抜くとまた同じ状態になるので

抗生物質が効く事を願うしかないらしい。

包帯はこまめに交換が必要なので月曜日にも来るようにと言われ

帰宅したのが12時半ごろ。

パパも仕事明けで寝てないので休んでもらい

私も大輝の横で仮眠を取りました。

夜、ご飯を食べさせようと介護食のササミ缶にお薬を潰して入れ

大輝の口元につけても意識がない状態。

しばらくしてからもう一度食べさせようとしたが

舌が上手く動かないみたいでなかなか食べれない。

バターを塗るように舌が出たときにササミを塗ると食べれるので

時間をかけて缶半分をなんとか食べさせました。

大輝も疲れたのかその後眠りにつき、3月4日午前4時ごろに

残りのササミを食べさせる事が出来ました。

水を飲んでくれたり、時間がかかってもご飯を食べてくれると

気持ちがホッとして、まだまだ頑張れるし必ず治ると思えてきます。

3月4日11時ごろ病院へ行き、まず去勢をした所を看てもらうと

縫合した所が壊死して傷口が開いてるので壊死した所を切除して

縫合し直さないといけないらしい。

でもこの状態で全身麻酔はかけれないので局部麻酔ですることに。

痛さで暴れだす可能性もあるので・・と言われ

私は大輝の顔を擦っているとぜんぜん動かない。

意識がない状態なのでピクリともせず終了。

本当なら局部麻酔では痛いはずなのに痛さを感じてないのは

脳神経が悪くなっている可能性が大いにあるらしく

口を開けさせても舌が動かないのもそのせいらしい。

舌が動かせなければ、食事や薬も飲めないので

静脈注射をしてもらえないかと言うと

静脈注射は時間がかかるので入院してもらう事になるが

大輝君の状態だと24時間しないといけないぐらい重篤です。

ハッキリ言って24時間していてもいつ亡くなられてもおかしくない。

最後を看取ってあげたい意向を優先させるなら進められません。

復活する見込みを聞くと10%以下だと思います。

脳の進行や発作が起こらなくてもここ3日~4日ぐらいかと思います。

薄々はわかっていたが涙が止まらなかった。

こんなに辛い思いをさせた事を悔やんだ。

私は先生に、“今までは頑張ろうねって声をかけてたけど

もう、そんなに頑張らなくていいよ。って言いますね。”と

私は大輝に頑張りましたで賞一等をあげます。

今日の夕方から舌が動かせなくなってきました。

残された時間を共に生きたいと思います。

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一難さってまた一難。

2月26日 いつも行ってる病院は休診日なので

医療センターへ行き消毒とガーゼを替えてもらい帰宅した。

病院ではヘナヘナしていた大輝ですが

家に着くと自力で歩き出せました。

ホッとした時です。

あとは自然に治癒する事を願って・・・。

27日は前日よりもっとしっかり歩けていて

パパと2人でよく頑張ったよね~なんて言っていた。

しかし、安心したのも束の間で28日にまた

歩けなくなってしまいました。

傷口が痛いせいなのかと思い傷口を触ると

さほど痛い様子もない。じゃあ何処痛いのか・・・。

よーく看ていると脚、左の後ろ脚がパンパンに腫れあがっている。

なんで?こけて捻挫でもしたのかと思い触ると冷たい。

どうしようか。とにかく抗生物質と消炎鎮痛剤も飲んでるから

様子をみる事にした。

夕方、ご飯は食べれたし、チッチも出た。

残るはウンチ。これは厄介物だ。

もよおしてくるときっと吠えるだろうから

その時まで待ってみることにした。

そしてその時がきた~。

寝ながらの排泄はした事がないので必死に立ち上がろうとする。

それを足で抑えてお尻をコチョコチョ。

それでも出ないので、指で掻き出し掻き出し・・終了。

大輝もホッとしたせいかそのまま眠ってくれた。

そして日が変わった3月1日の夜中から痛みのせいで

ハアハアしながら吠え出しのけ反る。

それが3時間あまり、その後疲れて眠ってくれた。

腫れている脚をみると腫れている箇所が広がっている。

午前中に病院へ行った。

獣医さん曰く、これは相当痛いですよ。

手術の傷もまだ引っ付いてなくて出血があり、

脚は細菌が入った可能性が高い。

普通なら抗生物質を投与しているからここまでは

ならないけど、きっとステロイドが邪魔をして

抗生物質が効いてない可能性が高い。

とにかくステロイドをやめて、強い鎮痛剤(レペタン)を

投与して痛みを和らげる事にします。

傷口は少し壊死しかかっている所があるらしく

獣医さんは、かなり厳しい状態です。

敗血症の一歩手前ですが意識もあり、食欲もあり、

排泄も自力でなんとかできていて、

熱が平熱なのでまだ改善の余地はあります。

どうしてこんな事になるのか・・・。

辛い思いをさせてしまって申し訳ない気持ちで一杯です。

ゴメンよ、大輝。でも頑張ってよね。

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Author:あうるママ
ラブ2頭&ビーグル1頭と生活してます。
ゆっくり・のんびりの日常を綴っていきます。
時々、お空の4頭の思いでも・・・。

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